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朝食は受け取ったコーヒーと夕べ買ったカンパンみたいなものとグレープフルーツジュースを屋上でとった。

 起き抜けに水シャワーを浴びてからディミットラに文句を言いに行く。ドアは閉まっているのでカナリアの声色がするボタンを押す。出てこない。何かわからんけどその上にあるボタンを押してみる。上の方で何かが回転を始めた。
 「・・・・・・」
 「イエス」と言って寝間着姿のディミットラが現れ、じろりと一瞥をくれてから「シダンシダン、ジャストウェイト」と言っていったん奥に消えてから現れた。上にガウンらしきものを羽織っている。
 「はい、なんでしょう?」
 「えーと、あのー、トイレットペーパーがないんすけどぉ」
 言うと『おー、あれまー』と大袈裟にアクションすることを忘れずに、ジンソクに持ってきた。これで用件はおしまいでしょフフンという顔で例によって「コーヒー飲む?」と言っている。ていねいな断わり方を知らないので、はいと答えておいてから、本題を切り出す。
 「あのー、えとー、シャワーのホットウオーターがノットランニングなんすけど」
 「あー、12時から7時までね、サンシャインのチカラでお湯がでるの。今入りたいの?今とか7時よりあとに入りたかったら私に言ってちょうだい。エレクトリックのチカラで30分待てばお湯がでるのよ。んもぉーっ何っでも私に言ってちょうだい!何でもお手伝いするからっ」
 なんじゃそりゃぁー!であるが、もう言い返す英語を持たないので、はあ、そうなんですか、じゃあ10分後にコーヒーもらいにきますとおとなしく引き下がることにした。情けない。しかし、このおばさんは何でこんなにコーヒーを勧めたがるんだ?

 「あなたたちは日本では何をしているの?」
 「私はペインターで、この人はデザイナーです」テがぬかりなく答えた。だいたいこの手の質問はうっとうしいのだ。自分というものに自信があれば胸を張って答えることができるのだが、性格をそんなアメリカ人みたいに改造はできないし、自己開発セミナーなんてチャンチャラ可笑しくて行く気もない。だいたいマトモに働いていたらこんなとこにいるわけがないではないか。正確にはこの時点ではモトデザイナーですとかなんとか答える必要があるのかもしれないが、とにかくこういうふうに答えてお茶を濁すことにしている。
 「ふぅーん」
 幸いなことにディミットラはそれっきり職業に関する興味は失ったようで、ガスバーナーに火をつけコーヒー用の湯を沸かしはじめた。何で家の中なのにキャンプ用のバーナーを使うのか?などと思いつつ、協議の結果を彼女に頼んでみることにした。
 「貴重品を預かってもらうことは可能ですか」
 「えぇ、わかったわ」と答えたがあまり快くは思っていないようだ。あとで考えると別にそんなことを頼む必要はなかったと考えられるが、貴重品をハラに括り付けては泳げないし、バラバラに見張りながら泳ぐっていうのも曲がないし・・・ということで頼んでみることにしたのだ。しかし逆にそのほうが危険なような気もしないではない。
 「あとでプロブレムがあるとよくないから、今いちおう内容を確かめておくわね」と言ってディミットラは袋を開けはじめた。改めてから彼女は私たちの金持ちさ加減に目を光らせた。ような気がした。

ΨΨΨ

 腹ごしらえをすませてバイクを借りにディミットラのツーリストオフィスに行く途中、テが地図を忘れたと取りに帰ったので、一人で下の道まで下りる。そこはちょうど町の自転車屋オヤジがやっているサイクルショップ兼レンタバイク屋というフゼイの店だった。ためしに相場を調べとこうとカリメーラした。
 「バイク借りるのいくら?」
 「モーターかね?」
 「そうそうモーター」
 よっこらしょと修理中の自転車からコシを上げバイクの説明を始めてくれる。
 「こっちのオートマと3段ミッションは一日3000。こっちの6速ミッションは1日4000だよ。夕方8時までに返してくれたらOKじゃよ」
 「2日ならどうなるの」
 「それなら6000、これも返すのは明日の8時でかまわんよ」
 「ガソリンは入れるの?」
 「ガソリン?あー、ペトロールはそこのブリッジの所のスタンドで入れればよい。今、半分くらい入っとる」
 「だからペトロールは入れてから返すのですか?」
 「いい、いい、入れなくてかまわんよ」
 「ありがとう、シーユーレイター」

ΨΨΨ

 おばはんオフィスでコブンのねーちゃんにも訊いてみる。
 相場は同じだが、コブンの説明は少しホットだった。ミッションでストロングパワーだから二人乗りもジューブンできるわよとのたまうので、もしや同じ値段で6速ミッションに乗れるかも・・・とワルヂエが働いたので3000払ってみる。6速ミッションのほうが慣れているから楽なのだ。
 その道をまッすぐ行ったバイク屋にこれを持ってゆけと何やら文字をいっぱい書いた紙を渡される。この道をまッつぐてぇいいますと、もしかしてサッキのオヤジの店かと思ったが、手前にもう一軒ありやした。それにしても何でこんなにバイク屋が多いのか、紛らわしいぜと恐る恐る紙切れを見せて渡されたバイクはあーた、ホンダスーパーカブ50タンデム仕様じゃありませんか。やっぱり世の中そんなに甘くはございません。
 何かライセンスを見せろと言うので半日つぶしてとった国際免許を見せるとそのまま取られてしまった。返してくれろと言うと、この受け取りがライセンスの代りだ。それで全てOKノープロブレムだ、と言やぁがる。
 ほんまかいなー?無免許やでー。バイクをよく見るとメーターもヨタッてる指示機もダメ、バックミラーもなし。原付きなんかホンマ自転車扱いかぃ!この国は。フロントブレーキをかけてみると全く効かない。
 「ぜんぜんブレーキ効かんでー」とつい日本語で叫んだら店のあんちゃんが飛び出してきた。ブレーキブレーキと指さすと、悪びれる風もなく工具を取り出して直しはじめた。待つこと数分でバッチリ効くようになったのでグレイトと親指を立ててカブにまたがった。
 カブはロータリーミッションだからイマイチわからんけど、まぁおんなじようなモンやろと走りだす。一旦停止したらさっそくエンストこいてしまいニュートラルに入れようと思うがなかなかうまくゆかない。ガチャガチャやって再び出発。テを郵便局で降ろし、その間にヒトッパシリ練習をした。ようやくコツがつかめたようなので、いよいよ出発だ。

ΨΨΨ

 まずはズードス・ビギ(?)という修道院へ。ノーヘルで走るギリシャの小島はなかなか快適である。気分はイタリアーノ、ベスパにまたがってるロベルトとジュリエータ、てな気分になる。しかし人が見たら、ヘンな東洋人が自分の国のバイクに二人乗りなんかしちゃってマッタク可笑しいねぇと思われてるに違ない。しかしすれ違う人もみんなヘンだった。いかつい黒人系のにーちゃんはヤマハチャピイ、どでかいアメリカ人っぽいおやっさんのラッタッタなどなど。地元らしきおっちゃんの赤カブはけっこうサマになっているから不思議だ。
 ポセイドン・テンプルを探してグルグル同じ所を行ったりきたりしたけれど、行き着いた先はタベルナ・ポセイドニオン。諦めてバゴニア・ビーチにおりて昼食だ。パンとチーズとオレンジジュース。蟻との戦いであった。
 途中にあった家のおじさんは手をふってくれている。すれ違うバイクの人も手をふってくれる。風景は乾いているけど、のどかだねぇ。風がここちよい。やはりよく言ったもので小豆島(わしの故郷)になんとなく似ている。ディミットラおすすめのラーブ・ベイにきて風呂敷をひろげて寝ころんだ。

ΨΨΨ

XT
=XT250、約10年前乗っていたヤマハのトレールバイク。

 もうひとまわりして帰ろうと反対の方へ走りだす。少し進むとガタガタのオフロードになり、ヨットなどが沢山とまっているきれいな湾に出た。ここのほうがよっぽどきれいだ。その丘に登ると絶景かな絶景かなのギリシャ百景に数えてもよさそうな場所だった。しばらくパチパチしてもう少し進むと2台の赤カブに2組の重量級夫婦たちがいた。おっさんが手をあげるので、ザザーと砂けむり立てて停まると「オォー」と言って驚かれた。別に用事があるわけではなく単なるあいさつだったらしく「カッモォーン!」とか言いながらズドドォーと軍団は走り去った。
 ヤギのフンみたいなのがいっぱい転がっているオフロードを、ちくしょーXTでこんな道を走りたかったのぉーと思いつつ、カブでズルズルピョンピョン走った。ちょっとこんな道フツーのカンコー客はこんよ。きらきら光る海の向こうに大陸が広がった。

ΨΨΨ

 乗りかけた船だ、行けるとこまで行ってしまおうとさらに走る。おや、どこかで見た家が見えはじめた。朝迷ってさんざん見かけた家だった。道はいつの間にかホソーロに変わり、なんだかアクセルも軽くなった気がした。
 朝とは違う少しだけホテルに近いスーパーに行って、水とミニクロワッサン、紅茶、オレンジジュースと蜂蜜、〆て770ΔPX.を買う。こっちのほうが明るい感じだし品ぞろえも豊富である。バイクを返し免許証をうけとり(しかし、バイクに乗る時に免許を持たず、バイクを降りてから免許を持つっていうのもいかがなものかと思うが・・・)、ホテルに戻ってようやく温かいシャワーを浴びた。
 8時半ごろ昨日のスーパーマリオおじさんのレストランで、ガーリック・マッシュルーム、グリルドソーセージ(また塩辛い)、グリークサラダ、ビールで3150ΔPX.を注文したら最後にまたケーキがでた。帰ってくると、ディミットラがホテルの前で近所のおばさんとスワリバナシをしていた。

(c)1995-2002 HaoHao

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